会社を継ぐとき、私たちは本当は何を引き継いでいるのか。事業承継に向き合うなかで考えてきたことを、一人の実務家の記録として書きます。
数字は引き継げる。では「名前」は?
親族が創業した英語教育の会社に、私は7年間、経営側として関わってきた。7年間で売上は12.7倍になり、年間の案件数は60件から1,500件に増えた。数字の話なら、いくらでもできる。
だが、承継の話になると、数字は急に無力になる。
事業承継の議論はたいてい「オペレーションをどう引き継ぐか」から始まる。業務マニュアル、顧客リスト、財務、人事。どれも大事だ。それでも、創業者の表情が曇る瞬間は、決まってそこではない。「この会社が自分の名前とともにあること」が終わるかもしれない、と感じた瞬間だ。
後継者が決まっていない、2025年までに70歳を超える中小企業の経営者
失われるおそれのある雇用
失われるおそれのあるGDP
2025年までに70歳を超える中小企業の経営者のうち、約127万人は後継者が決まっていないとされる。このまま放置すれば、約650万人の雇用と約22兆円のGDPが失われるおそれがあるという。この「大廃業時代」への処方箋は、M&A仲介、ファンド、コンサルティングと揃っているのに、なぜ承継は進まないのか。
私の仮説はこうだ。私たちは「事業」の承継ばかりを設計して、「アイデンティティ」の承継を設計してこなかった。
伝統は、変化を拒まない
「伝統を守る」という言葉から、変化を拒む頑固さを連想する人は多い。だが日本の老舗を見ると、実態は逆だ。和菓子屋は製法を変え、酒蔵は販路を変え、旅館は建物ごと建て替える。それでも暖簾は守られる。守られているのは「やり方」ではなく「名前」であり、物語だ。
創業者が手放せないのも、実は「やり方」ではない。私が関わってきた会社の創業者も、教育メソッドのデジタル化にはむしろ積極的だった。変化そのものを恐れてはいない。恐れているのは、自分の人生を注いだものが、自分と無関係な「案件」になることだ。
ここを分けて考えられないかぎり、承継の交渉は「全部を渡すか、渡さないか」の二択になる。そして多くの創業者は、渡さないほうを選ぶ。会社とともに市場から退場するとしても。

婿養子という発明
面白いのは、日本人がこの問題を、はるか昔に一度解いていることだ。
婿養子。実子に経営の適性がなければ、有能な他人を法的に家族に迎え、家名を継がせて事業を託す。世界最古の企業といわれる金剛組は、578年の創業から1400年以上にわたって、宮大工の技と名を繋いできた。
婿養子の仕組みが優れているのは、「家のアイデンティティ」と「経営の実務」を制度として分けたことだ。家名は残る。物語は続く。そのうえで、経営は最も適した人に渡る。
だが現代では、承継のために養子縁組を選べる家庭は多くない。文化のロジックは生きているのに、それを実装する器が消えた。それなら、現代の器で同じ分離を実装すればいい。
現代版婿養子
たとえば、こういう構造だ。創業者の名前・ブランド・メソッドといった無形資産を持株会社(IPホールディングス)に残し、創業家がそれを保有し続ける。事業会社は経営を担う人が引き継ぎ、ブランドの使用料を創業家に払い続ける。名前は家に残り、経営は次に渡る。婿養子が家族制度でやったことを、法人の構造でやる、いわば「現代版婿養子」だ。
AIという、もうひとつの要素
中小企業のM&Aが進まない実務的な理由のひとつは、デューデリジェンス(買収監査)のコストが割に合わないことだ。小さな会社の実態は、経営者の頭の中と、散らばった書類の中にしかない。それを掘り起こす費用で、案件の経済性が崩れてしまう。
だが、業務がデータとして記録され、AIが文脈ごと理解できる状態の会社は、存在するだけで中身を確かめられる。透明性が構造として組み込まれた会社は、小さくても「取引できる資産」になる。
私は、親族の会社の経営と承継に向き合ってきた経験から、この二つの仮説、アイデンティティを残す構造と、AIを前提にした経営を、実務の中で確かめている。うまくいく保証はない。だからこの記録は、成功談ではなく、実験の記録として書いていく。
代表取締役 マクマーン 蓮